sakatori[sm]

ハグ

 散らかっていた物を片付けて自分が座る場所を確保した。持ち物は少ないのだ。しかし部屋が狭いとすぐ物で溢れ返ってしまう。
「水上。ちょいこっち来て」
 ローテーブルの向かいにいる生駒に呼ばれた。立ち上がって歩くまでもない距離だった。
 横着して四つ這いになり何度か手足を動かすと、すぐ彼のところに辿り着いた。座布団の上にどっしり構えた彼と対面する。
 生駒の腕が水上に伸びた。頭を抱かれて、広い胸に迎え入れられる。彼は表情の変化に乏しいのでその行動は突拍子なく見える。今回もそうだ。
「なんすか」
「充電」
「いや、どっちかいうたら俺の方が充電させてもろうとる気がするんですが」
 筋肉の弾力と温もりを衣服越しに味わう。とくとくと定期的に打つ鼓動が耳に伝わる。自分のものではない体臭に安らぎを覚える。
 生駒の体幹はかなりしっかりしている。身長相応の体重がある水上と並んでも胴回りの差ははっきり見てとれるほどだ。この男らしい身体に抱かれるのが好きだった。
 水上の頭を抱いていた腕が動く。首を通り過ぎて背中や脇腹を、大きな手がまさぐる。
 我が物顔で動き回る他人の手を制することなく、水上は好きにさせていた。何か確かめるように慎重に動いていた指がぴたりと止まった。
「……なんかおまえ、痩せとらん?」
「身体測定んときしか量らんので知りません」
「えっ、そんなん年に一回やん! ボーダーの身体測定は半年に一回やろ? 年に二、三回しか体重計に乗らんいうこと?」
「そんなしょっちゅう乗るもんでもないでしょ。成長止まって身長も体重も増減ないし」
「体重計くらい買うたらええのに。それかうちに来たとき乗るとか。俺は週一で量っとるで。最近食い過ぎてちょっと増えた」
 以外とまめな生駒を知って水上は笑みがこぼれた。もっとも彼は美容目的ではなく健康管理の一環で計量しているのだろうが。
「まあ、最近忙しかったんで飯は手ぇ抜いてましたね。でもイコさんちでご馳走になってたんでプラマイゼロでしょ」
「いや減っとるって絶対」
 生駒の手が水上の頬を包む。上を向かされて至近距離で視線がかち合う。
 顎の下を撫でられる。厚い指の腹で何度かさすられるとちくりとした痛みが走った。
「ここ、ニキビできとる。ここも。ビタミンBが足りてへんやん」
「年頃なんでニキビの一つや二つできるでしょ」
「おまえ頭よくてしっかりしとんやから自己管理もそれくらい頼むで」
 ――足りん栄養はちゃんとサプリで補っとります。
 ふとよぎった言葉が実際口に出ることはなかった。きっと彼が望んでいるのは適切な食事で栄養を摂ることだろうから。
 生駒の指が水上の頬を愛おしげに撫でた。皮膚と皮膚の触れ合いに妙な摩擦を感じるのは肌荒れのせいか。
「唇もちょっと乾燥しとる」
 親指が水上の口の周りをなぞる。性的な意図は感じないが背中がぞわぞわするのは自分が期待しているからだ。
「今夜飯食うて帰れ」
「それいつもやないですか」
「あんまり甘やかすのはあかんと思うとったのになあ」
「自覚あったんすね」
 はあと大きな溜め息には困惑が乗っていた。しかし、表情だけは変わらない。
 生駒に迷惑をかけるつもりはない。しかしマイペースな彼を乱すことができるという事実に、水上の胸には優越感が満ちた。