sakatori[sm]

 寮のエントランスにいる先客を見た水上は絶句した。着衣のまま入浴したかのようにずぶ濡れだったからだ。そんな姿でコンビニのレジ袋を持っているという日常性がまた異常さを強調していた。
 かける言葉を選んでいると、視線に気づいたのか彼がこちらを振り返った。
 整髪剤で固めている前髪は崩れ落ち、何筋か額に張りついていた。彼は鬱陶しげにそれをかき上げているが、涼しげな顔をしていた。
「おう水上。おかえり」
「……ただいま。それよりイコさん、その格好はどなんしたんですか?」
「コンビニに行っとってな。出かけるときは雨がやんどったからちょっとぐらいいけると思うてんけど、結果はこの様や」
「今日の天気予報は雨だったでしょ。てか昨日からずっと降っとったのに」
「傘差し運転はあかんから仕方ないやん。雨に濡れてもすぐ風呂に入ったら済むことや」
 なるほど、潔い考え方だ。寮からコンビニまでは少し距離があるから徒歩でなく自転車を使いたいと考えるのは当然のことだ。濡れたならすぐに風呂に入り洗濯すればいい。でも、雨に打たれると分かって手ぶらで出かけるだろうか。人目を気にして実行しない者の方が多いと思う。
 もっとも、傘を差したところで身体が濡れるのは完全に防げないのだが。水上も膝から下は地面に跳ね返った水で濡れているし、靴の中もじっとりしている。それだけでなく腕や胴体まで少し湿っていた。
 傘は進化しないと聞いたことがあるが、確かに手間がかかるわりに費用対効果はよくない。特に今のような大雨だと用をなさない。
 水上は自分の傘を閉じて水滴を振り払った。石突きから滴り落ちた水はコンクリートを濡らし、すぐに水溜まりになった。
「はよ風呂に入りたいな」
 首元にくっついたTシャツをつまんだ生駒が呟く。整髪剤混じりの水が目に染みるのか盛んに瞬きしている。
 彼の頭の天辺から足の爪先まで眺めた。濡れて艶やかな素肌が目を引く。色のついたシャツなので肌は透けていないが、ぴったり身体に張りついている。骨の太さまで想像できるような首、ぶ厚い胸板、どっしりとした丸太のような腰。それら上半身の輪郭が露わになっている。
 色気を感じた、と言えばいいのだろうか。
 背筋を衝動が走り抜け、心臓がどっと大きく脈打った。無意識に息を呑んだ。ざあざあとうるさい雨の中でも、自分の体内の音はやけにはっきり聞こえた。
「……おまえ今、俺のことエッチな目で見たやろ」
「そうですけど、でかい声で言わんといてください」
 いつもの無表情、いつもの落ち着いた声で言われると冗談のように聞こえない。図星を突かれたからなおさらだ。
 彼の裸など見慣れているのに、初心な反応をしてしまった自分を恥じた。
「用事なかったらうちに来んか?」
 ずっと同じ表情を保ちながら問いかけてきた生駒の声は少し低かった。その声色に含まれる意図を察して、水上はまた自分の体温が上がるのを感じた。
 雨はいっそう強くなり、風に揺られた木の枝がざわめいた。まるで水上を囃し立てているかのようだった。
 遠くでかっと雷が鳴った。
「はい」
 雑音に包まれた返事が彼に届いたかは分からない。