sakatori[sm]

羨望(R18)

性描写を含むので閲覧できるのは実年齢18歳以上の方のみです。

 背中に当たるシーツは汗で蒸れていた。灯りが消えた天井は真っ暗でまるで新月の空を眺めているようだった。
 性感を予覚して、樫尾の顎が上がる。額に張りついていた前髪が何束か枕へと流れた。
「……く、くらうち、せんぱい……っ」
 震える声はまるで他人のもののようだと樫尾は思った。怯えて相手に許しを乞うているようだ、とも。
 カーテンの隙間から差し込む光は淡く、もうすぐ一日が終わることを告げている。
 樫尾に覆いかぶさる蔵内の顔に深い影が落ちていた。わななく指先で彼の頬に触れると、ふっと笑う気配がした。大人びてはいるがまだ十代の幼さを残した面差し。
 まっすぐな線で構成された頬の輪郭を両手で包んだ。眉間の少し下に鼻の付け根があり、その筋はすっと通っている。知的な印象を与えるそれは彫刻のような美しさがあった。前髪を下ろした蔵内は年相応に見えるが、だからこそ、その肉体に圧倒される。
 蔵内の顔に触れていた樫尾の掌が動いた。主張しすぎないえらには確かな骨の存在があり、聡明な頭脳を支える首は太い。がっしりと広い肩、ぎゅっと筋肉が凝縮した胸板は厚い。
 背中に腕を回すと大きな肩甲骨があった。呼吸に合わせてゆっくり上下する身体を抱きしめる。幅だけでなく奥行きもある胴体は汗でぬめっていて、その濡れた感触と高い体温に樫尾の欲望が煽られた。
 同級生の中では長身と言われる樫尾だったが、蔵内は一回りほど上回っていた。身長差は十センチにも満たないが恰幅が違う。筋肉のつきかたはもちろん骨格からして大きな差があった。もし自分が彼ほど背が伸びてもこれほど恵まれた体躯にはならないだろう。
「っあ……」
 肺から酸素が押し出された。その身体に見合う大きな男性器が樫尾の内部で暴れたのだ。びくびくと痙攣するものを逃がさないとばかりに腹の中が引き締まった。
 行為に慣れた今となっては痛みを感じない。しかし、中を広げようとするものの圧迫感は苦しさに似た感覚を生んだ。
 内壁にある小さなしこりを蔵内のものがかすめた。興奮で熟した亀頭が薄い膜越しに樫尾の性感帯を撫でていく。舐めるように、宥めるように、じっとりと。
 無意識に四肢が跳ねた。身体の中心がかっと熱くなり手足の末端に伝播する。寄せては返す波のように体内で快楽がこだまする。
 ベッドと蔵内に挟まれた樫尾は身動きが取れない。追い打ちをかけるように蔵内は樫尾に口づけた。厚い舌が口内に侵入してくる。ざらりとした感触、他人の唾液の味。それを迎え入れて、表も裏もなく絡め合わせた。樫尾の口角から唾液が溢れた。
 蔵内の口は大きく深く、舌も長い。彼がするように口づけを真似しても上手くできないのがもどかしかった。
 呼吸を妨げられた苦しさで、樫尾は蔵内の後頭部を鷲掴みにした。さらりとした髪の毛が手指に絡みつく。
「おまえを抱いていると、まるで悪いことをしているような気になる」
 口づけをほどいた瞬間、二人の間に唾液の橋がかかったがすぐに消えた。
「子供扱いしないでください」
 蔵内の揶揄する口ぶりに、反射的に気色ばんでしまった。こんなときでも負けず嫌いを発揮してしまうところが幼いと揶揄われる所以なのだが、興奮状態にある今は冷静に考えることができない。
 年齢差はある。ボーダーに入隊した時期も違うから学校内だけでなく組織の中でも上下関係はある。しかし二人とも同じ部隊に所属する者として対等でいたいという気持ちがあった。二人で合意して今の関係になったのだし。
 樫尾の肩をかかえて密着した蔵内が腰を使った。自分の手では届かないような部分を蔵内のものはいとも容易く通り抜けた。隘路を暴かれて、樫尾は息を詰めた。自分で性器を慰めるときとは全く違う、彼だけが与えてくれる快楽に酔いしれた。
「男同士は分かりやすくていいな」
 二人の腹の間で揉まれていた樫尾の陰茎を蔵内が手に取った。固く勃起したそれは先端から粘液を吐き出し続けて下生えまで濡れていた。蔵内の太い指があやすように樫尾のものをしごく。
 たった一言、一瞬の動作から、彼の性的な過去を垣間見た気がした。何もかもが初めての樫尾を導く包容力、自然な雰囲気で行為に持ち込む手際のよさ、いつも落ち着いた対応。蔵内以外と性的な関係を持ったことはないが、樫尾は彼に確かな慣熟を感じた。
「蔵内先輩は……おれの中に入っているので……、分かりませんが、気持ちいいですか」
「ああ、最高だよ」
 蔵内から漏れる吐息は熱く甘い。機嫌取りの言葉でないことは彼の身体の反応を見れば分かった。
 樫尾を見下ろす双眸は獰猛な獣めいてぎらついている。普段見せる紳士的な姿とのギャップにぞくりと身の毛がよだった。そして、それ以上に興奮した。
 気持ちいいってどれくらいですか。おれが一番よかったですか。なんという不躾な質問はさすがにできなかったが。いくら気が昂ぶっているとはいえ他人の過去を暴いたり、自分が優位に立ちたいという本心を見せることはできなかった。相手の名誉のためというより保身のせいで。
 たった三年でこんなにも差がつくのだろうか。樫尾には自分の三年後が想像できない。彼のようになれるか、彼にふさわしい男になれるか。
 蔵内の背中にしがみついた。樫尾が力を入れようがのしかかろうがその大きな身体はびくともしない。
 荒い吐息が頬をくすぐる。彼も限界が近いのかどんどん律動が早くなった。小さな振動が重なって視界が揺らぐ。目を閉じると感覚が鋭利になって快感をより強く拾い集める。
 淫情に支配された脳裏にちらちらとよぎるのは嫉妬心か羨望か。それらの感情を区別できないまま樫尾は彼に身を委ねた。