No.12, No.11, No.10
2022-12-31 Sat
年の瀬(WT/いこみず)
『ワールドトリガー』生駒達人×水上敏志。いこみずワンドロワンライ第19回に投稿した作品。事後描写あり。三門で年末を過ごす二人。
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立てつけの悪いドアが開いた音を聞いた水上は目を開けた。逢瀬の名残に浸っていた意識が浮上する。
生駒が下着姿のままこちらに歩いてくる。滴り落ちそうなほど水をまとわせて、まるで子供の行水のようだ。
彼がベッドに腰を下ろすと、二人分の体重が乗ったベッドがぎちりと軋んだ。
「家以外で年越すん初めてや」
生駒がぽつりと漏らした言葉は独り言なのか水上への語りかけなのか判断することができなかった。
「なんやいきなりですね」
水上が一応調子を合わせる。ベッドに横臥したままの水上を生駒が見下ろしている。
もう一言発しそうな気配を水上が察したと同時に生駒が倒れかかった。呼吸が止まるほどの衝撃が胸を貫く。戯れのつもりなのだろうが、男一人の体重を無警告で受け止められるほど水上は頑丈ではない。
「……おわっ、重い! てか痛いんすけど!」
「すまん」
あまり反省していなさそうな顔つきで生駒は水上の上半身に腕を回した。表情の変化が乏しいせいで生駒の言動はいつも唐突に見える。
入浴直後のせいか、それとも情事の熱が燻っているのか、シーツ越しでも火照りを強く感じた。他人の体温に触れ、じりじりと情欲が炙られる。
「今まで年末いうたら特番見ながら蕎麦食うて、年明けたら初詣に行くんが普通やった」
「……俺もそんな感じでしたよ」
「でも今年は防衛任務。こんな冬を迎えるとは思わんかった」
生駒は水上の身体を抱きしめながらその首筋に顔をうずめた。耳の下に熱い吐息がかかってくすぐったい。
見た目に反して随分可愛らしい甘え方だった。先ほどの衝迫はすぐに鳴りを潜め、春の昼のような温かい気持ちが満ちた。力が強いうえに重いのが甘い雰囲気を壊しているというのはこの際無視する。
「なんやイコさん、家が恋しいですか?」
「たまに通話しとるからそんなことはないけど、なんか変な感じはするな」
「俺も。お年玉もらえんのは残念ですけど、ここにおったら年末年始は手当てが出るから悪うないすわ」
宥めるように生駒の頭を撫でた。半乾きの髪の毛に手櫛を通すとひんやりした感触があった。本人の意志をそのまま反映したような髪は硬く真っ直ぐだ。
「家族以外と過ごす年末もええな」
おそらく生駒は己の心情をありのまま述べているのだろうが、真剣な眼差しで告げられるといたたまれなくなる。それこそ殺し文句のように聞こえるのだ。
「年明けるまでここにおりたい」
同じ寮住まいでも未成年は日が変わる前に帰宅すべしと己を律していた生駒にしては珍しい申し出だった。恋人と一緒に年を越したいなどというロマンチックな願望はないが、それでも水上としては断る理由などどこにもない。むしろ。
「どうぞ、こんな部屋でよかったら好きなだけおってください。っていうかもうすぐ十二時やし」
水上が指を指した壁時計は午後十一時を刻んでいた。ちょうど生駒が退去する時間が今ぐらいだ。
「ほな、俺も風呂浴びてきますわ。すっきりして元旦迎えましょ」
上半身を起こした水上が生駒に場所を譲った。下着を身につけて床に降りると、足の裏に痺れるような冷たさが伝わった。情事の余韻も一気に消し飛ぶようだった。
じっと水上を見上げている生駒が口を開いた。
「よいお年を」
「一緒におるのにそんなん言わんでええでしょ」
「おまえがシャワー浴びとる間に年が明けるかもしれんやろ」
「いや、俺がそんな長風呂せんの知っとるでしょ」
柔らかくて穏やかな空気はすっかり消し飛んで日常に戻った。しかし、それを寂しいとも虚しいとも感じることはなかった。今後もこんな営みは繰り返されるのだろうから。
足元に落ちていた生駒のジャージを拝借した水上は身を清めるために部屋を出た。
#ワールドトリガー #いこみず
2022-12-27 Tue
人の気も知らないで(WT/神外)
『ワールドトリガー』神田忠臣×外岡一斗。事後描写あり。キュートアグレッションに苦しむ神田。
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ベッドの縁に腰をかけて息をつく。床はひんやりしていたが、発熱する身体にはちょうどよかった。事後の気怠さは不快なものではなく、夢とも幻ともつかぬ余韻に浸っていた。
そんな神田が不穏な気配を感じて振り返ると、目前に外岡の足が迫っていた。すんでのところで受け止め、不躾な足の裏を握りしめた。
今後の成長を予感させるそれは広くて男らしいが、面積のわりに薄くて平べったい。まるで持ち主の身体つきのように。
外岡の足の裏がぐいぐいと神田を押す。体格差はあれど外岡に下半身の力を使われたら神田とて無事では済まない、はずだった。力が入らないのか太腿の内側を震わせるだけで、抵抗と言えないただの戯れになっていた。
親指より人差し指のほうが長い独特の形をした足がすぐ眼前にある。外岡の身体は彼自身が見ることができない場所も含めて知っているつもりだったが、ここはあまり眺めたことがなかった。
薄い皮膚の下に張り巡らされた血管を愛おしむよう足の甲に口づける。外岡は下半身ごとびくりと震わせ、神田にかけていた足を引っ込めてしまった。
ベッドに横たわったまま半眼になって神田を見上げている外岡から謝罪の言葉はない。先ほどまで睦み合っていたとは思えないような冷たい眼差しだ。
「人の頭を蹴ろうとするとはいい性格してるな」
「肩を狙ったつもりが外れました」
吐息だけで発する言葉は覇気がなく掠れていた。
「目つきがいやらしい、手つきが変態っぽい、ていうかおっさんっぽい」
「……」
人当たりのいい外岡らしくない態度の理由が分かっているだけに神田は何も言い返すことができなかった。
長時間神田を咥えこんでいたせいで未だ緩んだままの秘部はローションでぐっしょり濡れていた。腹は体液でべとべとになっている。全身に浮いた汗は乾く気配がない。
(おまえもさっきは乗り気だったのに……)
一方的に悪者にされて思い浮かんだ言葉をぐっと飲み込んだ。情熱的に愛し合った、と表現するには惨たらしい有様だったので。
床に落としたブランケットを拾い上げて外岡にかけようとすると、彼は身体を動かした。
気怠げな動作とは裏腹に筋肉はしなやかにうねり、微妙な陰影が浮かぶ皮膚。肉がついていないせいで細長く見える手足。神田のものを収めるには薄く浅く頼りない腹。鬱血の痕がいくつも散っている脚の付け根。
まじまじ観察していると腹の底から再び獣欲が湧いてくる。神田は頭を振って性衝動を追い払った。
外岡の腰までブランケットをかけて神田も添い寝するように横たわった。視線の位置を合わせると、力のない目が神田に向いた。前髪が落ちた目元は腫れぼったくなっている。
「神田さんは、親しくなった相手には遠慮しなくなるタイプ?」
「これでもかなり気ぃ遣ってるつもりなんだけど」
「じゃあもっと加減してください。壊れちゃうんで」
囁くような声が脳内に響く。外岡の手がこちらに伸びて、神田の肩や腕を触った。暗闇で手探りするように何やら確かめている。
一通り神田の上半身を撫で回してふう、と息を漏らした。嘆いているのか感心しているのか神田からは判断できない声色だった。
「……いつか壊される気がする」
「そんなことするわけ、ないだろ」
責める口調ではなかったのに心臓が縮むようだった。
彼を大事にしたいという気持ちはある。尊重しあって高めあう仲でありたいと願っている。それらは偽りない本心であるにも関わらずはっきり否定できなかった。
抱き返すようにして外岡に触れると、肌が冷たくなっていた。ブランケットを肩までかけてやり、神田も一緒にくるまる。互いの熱を分け合い、温かな空気が布の中に広がる。外岡は心地よさそうに目を細めた。
彼の腕を掴む。斬られようが撃たれようが傷を負うことはない換装体とは違い、今は鬱血の痕が点々と残る。神田がつけた疵だ。
トリオン体では腕利きの狙撃手でも、今の彼は神田が加減してやらなければ壊れてしまうかもしれない脆弱な身体の持ち主なのだ。
神田の胸に顔をうずめるようにして外岡は目を閉じていた。呼吸音は一定のリズムを刻み神田の肌を伝っていく。つい先ほどまで憎まれ口を叩いていたとは思えないほど穏やかな表情で身を委ねていた。
「神田さんならいっか……」
諦めているとも興味がないとも受け取れるような抑揚を欠いた声。半ば眠りに入った外岡の言葉から感情を読み取るのは困難だった。
己の選んだ道に後悔はなく、自分がいなくても彼なら独りでやっていけるという信頼もある。
安心して命を預けられる仲間であり可愛い後輩であり愛おしい情人である。複雑な人間関係を既定の言葉では表現できないし、するつもりもない。
何も心配することはないと自分に言い聞かせる。
事後の甘い空気が部屋を満たし、時間は穏やかに流れていく。それらは神田を癒やすものになり得なかった。
#ワールドトリガー #神外
名前を呼ぶ(WT/神外)
『ワールドトリガー』神田忠臣×外岡一斗。普段名字呼びしている二人が名前を呼びあうだけの話。
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着信音が通路に鳴り響いた。自分のポケットに手を当てるがバイブレーションは反応していない。
ちらりと視線を横に向ける。すぐ隣の外岡は眉を顰めて自分のスマートフォンを凝視していた。画面には「母」という文字と電話番号が表示されている。
神田の視線に気づいた外岡は余所行きの顔を作り直した。気怠げな雰囲気を中和するように微笑んでいる。
「ちょっとすみません」
「いいよ」
神田が手を振ると一度頭を下げた外岡がこちらに背中を向けた。そしてその数秒後。
――一斗。
女性の優しい声が聞こえた。盗み聞きするつもりはなくても無音の廊下には声がよく響くのだ。
「なに?」
温かみのある声に反して外岡は落ち着いていた。まるで寝起きで意識がはっきりしていないような脱力した声だった。
外岡と両親の仲は良好だ。だからこそのぶっきらぼうな対応なのだろう。こういう態度の違いを目の当たりにすると、自分は彼にとってまだまだ他人なのだと実感する。
冷たくされたいわけでもないし、肉親として扱ってほしいわけでもないのだが、疎外感のようなものを感じる。
「うん。うん。大丈夫、まだある。子供じゃあるまいしもういいって」
問いかける母親の言葉をなるべく聞かないようにしても、彼の後ろ姿は視界に入る。
肩幅に対して細い腰に手を当てて、指先は脇縫い線やポケットを行き来している。板のように平らな尻、そこから伸びる脚を退屈そうにぶらぶらさせていた。身振り手振りして話すタイプではないと思っていたのに意外だ。
いつもきっちりセットしているのに、昼寝でもしたのか後頭部の髪の毛がいくつか跳ねていることにもたった今気がついた。
(まだ子供じゃないか)
思っても口にはできないが、自然と頬が緩む。
「今訓練の途中だから。じゃ、来週」
相手の返事を聞く前に終話ボタンを押した外岡が神田を振り返る。何もなかったかのようにさっきと同じ距離に戻ってさっきと同じ表情を浮かべている。こうも露骨だと反応に困る。
「ども、お待たせしました」
「俺のことは気にしなくていいのに」
「いや、こっちが長話したくなかったんで。メシ食ってるか、宿題してるか、遅刻してないか、米はまだあるか。そんな電話がしょっちゅうかかってくるんスよ。いい加減にしてほしいんスけど、ちゃんと話するって約束したんで」
「そりゃ親御さんは心配するだろ。スカウト組や家を壊された奴ら以外で一人暮らしする高校生って少ないからな」
いつが最後のやりとりになるか分からないから親しい人との会話はささいなことでも大切にしたほうがいい。これは自戒である。
「はい。実家住まいか一人暮らしか選べるだけ贅沢って分かってます。でも、こんだけ回数が多いと疲れるんスよ。家を出るときより母さんとの会話が増えたもんなぁ」
スマートフォンをポケットに入れた外岡がふうと溜め息をつく。伏せられた睫毛の淡さに息を呑む。
「一斗」
「……はい?」
鳩が豆鉄砲を食ったように外岡は目を見開いている。神田自身も突拍子のない発声だと分かっていたので慌てて言葉を繋げた。
「いや、おまえのお母さんがそう言ってたなあって」
「自分の息子なんだから名前くらい普通に呼ぶでしょ」
「そしたら俺も呼びたくなった」
じわりと顔に熱がこもるのを感じる。自分でも幼稚な理由だと分かっていた。頭を掻く神田をにやついた外岡が見上げている。
「可愛いとこあるなぁ、忠臣さん」
赤子をあやすような甘い声で揶揄される。どうせならもっと違ったシチュエーションがいいのだが、そのとき彼はおそらく神田の名前を呼んでくれない。
浮ついた気持ちを静めて、意識して声を低くした。
「そういや、俺がののさんを名前呼びしてるの嫉妬したりしないのか?」
「全然。意識したこともなかったっス」
「そこまで断言されると寂しいな」
「二人とも旧弓場隊時代からの付き合いだし、何もやましいことはないって分かってるんで」
「信頼されてるって解釈しとく」
「はい。……って! もうこんな時間っスよ」
通路に備えつけられた時計を指差す。急がなくても作戦室には予定時間より早く着くと分かっている。
「なあ一斗」
「なんスか、神田さん」
その声にも動作にもさっきまでの甘さはない。
遠すぎず近すぎずのちょうどいい距離。いわゆる「仲のいい先輩と後輩」という枠に収まっていた。
そんな当然の事実が神田の胸に引っかき傷を作った。
#ワールドトリガー #神外